新井素子は「ライトノベル作家」か?

Wikipedia新井素子の項にこう書いてある。

ライトノベル作家と見なされる場合もある。

新井素子ライトノベル作家て呼ばれてるんだろうか。そちらのジャンルに疎いものだからよく知らなかった。コバルト文庫中心に活躍してたことがあるから、ということなんだろうか。
しかしそれはライトノベルというジャンル成立以前の事なんじゃないだろうか。うーん、「ライトノベル」の成立をいつと見なすのか知らんので憶測で自分の感覚を補強しようとしているのだが、たぶんジャンルが成立して以降では新井素子の執筆活動の中心はライトノベルではなかったと思うからである。その頃は新井素子ライトノベル「も」書く作家だったのであり、新井素子ライトノベル作家と呼ぶのは違和感がある。
うーん、無理があるか。知識がないのでつっこんだ議論ができない。

文体と作品傾向の章にはこのような記述もある。

彼女の登場によってライトノベルというジャンルが始まったとする論もある。

これが「新井素子ライトノベル作家だ」という主張の根拠になるだろうか。
そうは思えない。そのジャンルの開祖がそのジャンルに属する謂われはないからである。イエス・キリストキリスト教徒ではなかったし、仏陀仏教徒ではなかった。意味判りますか?
新井素子ライトノベルというジャンルとジャンルに属する作家を生み出す元になったかも知れないが、だからと言って新井素子ライトノベル作家と見なす必然性は全くない。

こういう議論はどこに行ったらできるんだろうか。調べてみよう。
テーマは「新井素子ライトノベル作家と見なされるのはどういう場合か」である。*1