東浩紀『郵便的不安たち#』

再読。「郵便的不安たち――『存在論的、郵便的』からより遠くへ」P.65より引用。

さらにここで僕が思い出すのは、新井素子が八〇年代の初めに書いた『ひとめあなたに…』という小説です。この小説では、一週間以内に地球が「消滅する」ことを知った主人公が、混乱のなか、恋人に会うためだけに練馬から鎌倉へとバイクを走らせます。つまりそこでは「地球の消滅」という設定が、もはや国家や科学者集団と言った社会レヴェルの大きな物語を展開するためではなく、単に主人公と恋人のあいだの小さな人間関係を際立たせるためだけに使われているわけです。人間関係と「世界の終わり」を短絡するというこの点で、新井素子はオタク的世界感覚をよく表していた小説家でした。

「単に主人公と恋人のあいだの小さな人間関係を際立たせるためだけに使われているわけです」と書かれるとこの小説がそれだけの話のようで違和感がある。実際はストーリーの骨格がそうなっているだけであって、その他の人間模様が作中に大きな比重を占めているのはご存じの通り。