井草高校には制服も標準服もなかった。

17日の日記(id:akapon:20050117)に書いた都立井草高校の制服の件について、新井素子掲示板にtkn10さんから情報を頂いた。エッセイに書いてあったそうである。『ひでおと素子の愛の交換日記3』中の「マンガのおはなし」に下記の記述がある。P.60より。

 高校に入学して。

 ま、いろいろと環境に変化はありましたわな。特に、うちの高校なんて、完全私服で、(制服はおろか、都立の高校にはよくあった、標準服――ま、こういう恰好してるのが望ましいってやつ――すらなかった)パーマ可、毛髪に関する制限なんてまったくなかったから、(男の子で肩に掛かるストレートの髪の子なんかもしたしね)まあ一度にまわりがカラフルになっちゃって。

制服も標準服もなかった、と。さらに『ひでおと素子の愛の交換日記2』中の「洋服の話」の記述。P.221より。

 高校時代、有名だったんですよね。ピンクのブラウスにブルーのサロペットスカートはいている女の子がいれば、それは、あたしだって。(お察しのとおり、サロペットスカートだって……一体、何枚あったことだろう……)

以上のことから、大塚英志が目撃した「制服姿で学校帰りと思しき高校生たち」がいて「そのうちの一人が書いた本(註:『あたしの中の……』)がそこに置いてある」という光景はそもそもありえないんじゃないかという疑問が湧く訳で。
「制服姿で学校帰りと思しき高校生たち」というのが事実ならば、新井素子さんは当時制服を着ていないから「そのうちの一人が書いた本がそこに置いてあるらしい」というのは大塚の勘違いということになる。
また、「そのうちの一人が書いた本がそこに置いてあるらしい」という大塚の推測が正しかったとすれば、「制服姿で学校帰りと思しき高校生たち」というのは大塚の記憶違いか見間違いということになる。
何れにしろ記述に何らかの間違いがあるのは確かな模様。新井素子さんが高田馬場芳林堂書店で実際にこのような行動を取ったかどうかというのが確認できればいいのだが。