『プロレススキャンダル事件史−いま明かされる真相−』

2003年12月に別冊宝島927として発行された本を改訂し文庫化した物。懐かしい話がいろいろ出てくるのが面白い。2003年にファンの間で伝説と化していた前田日明アンドレ・ザ・ジャイアント戦のダイジェストがテレビで放送されたのには俺も大いに驚かされたが、テレビ朝日局内でタブー扱いされていた訳ではなかったのは意外だった。担当者が変わった今だから言えることなのかも知れない。
この本に登場する事件の当事者達の証言と今まで俺が知っている知識を付き合わせて改めて浮かび上がるのは、関わった人の数だけ真実があるという単純な事実である。関係者は、彼らのそれぞれの立場から個人の物語として事件を語る。多角的な視点を提供し事件の輪郭を浮かび上がらせてはくれるが、語られた真実は所詮それ以上でもそれ以下でもない。芥川龍之介の『藪の中』のように。
新日本プロレスのレフェリーであったミスター高橋がプロレスの内幕を赤裸々に暴露した『プロレス至近距離の真実』という本がある。俺がこれを読んだ時に感じたのは、プロレスへの失望でも怒りでも悲しみでもなく、「真実」と銘打ちながら俺が感じていたプロレスへの違和感のほんの一部しか説明してくれていないことへの困惑であった。そりゃあ今まで外部にはタブーとされていたことも語られているが、一レフェリーが自分の知っている範囲のことを語った内容に過ぎなくて、物足りないったらありゃしない。こんなもんで衝撃の暴露本ヅラされちゃたまらないのである。プロレスに筋書きがあるのはいいとして、俺が実際に見たり聞いたりしたことの多くは「筋書き」で説明が付くことばかりではない。その辺りが全く明かされていないのは不満である。この本を読んだことにより却ってプロレスの奥行きの深さをますます実感することになった。
そういう意味では、この『プロレススキャンダル事件史』も、プロレスが一番熱かった頃の奥行きの深さを味わうための副読本として有用である。現在、そのプロレスの奥行きの深さはそのままなのかも知れないが、そこを覗いてみようという気になるようなプロレスは行われていない。それは誠に残念である。