小説家には、ボーナスもなければ、退職金もない。

3月22日の日記(id:akapon:20050322#p1)の件でふと思いついたことがあったので。
『まるまる大原まり子』に掲載されている大原まり子のインタビュウに次のような箇所がある。

ねえねえ、ひどいんだよ、小松さんがわたしと素子ちゃんに言ったんだけど、そんなに二人とも結婚したいんだったら、二人で結婚しろって。したら、素子ちゃんがいやそうな顔してね(笑)、「だって大原さんて、お月給じゃないんでしょ、ボーナスないでしょう」とか言って。

これを読んで、新井素子さんが結婚相手として月給とボーナスがあることに拘るのはなぜだろう、という疑問が湧いたのだった。で、先日購入した『雨彦のにんげん四季報』を読んでいたら、これがその理由ではないかという記述があったのである。P.180-181、両親は自分をやはり講談社に入れたかったみたい、という話に続いて。

両親にしてみれば、長いことモノ書きのミジメ(?)な生活をみているので、娘を作家にすることなんか、考えたこともなかったらしい。口癖のように、
「小説家には、ボーナスもなければ、退職金もない。それに失業手当もない」
と言いつづけてきたが、モトコちゃんのほうは、
「わたし、幼稚園に入る前から、小説家になりたかった」
と呟いて、
「それがいけなかったら、ホラ、本にはオビがあるでしょ? あれを作る人になりたかった」

つまり、ご両親は小説家が如何に不安定な職業であるかをこんこんと説いてきたのだが本人の小説家になりたいという気持ちは全くぶれることがなく、そのため結婚相手の方に両親の希望が反映し、安定した収入のある人がいいと思うようになった、ということではなかろうか。このご両親の教育が新井素子さんの結婚観を形成した要因なんじゃないかと思った次第。つじつまは合うけれど。