森岡浩之『優しい煉獄』。
読了。購入本。新井素子さんが『週刊ブックレビュー』に出演した際に推薦していたので読んでみた。
この物語の世界では、人は死んだ後コンピュータの中に仮想的に構築された世界の中にその人格を移植されて生活することになっている。仮想人格とは言え死後の世界が実在する訳だ。これがタイトルの「煉獄」の由来となっている。主人公が住むのは昭和60年(1985年)の日本が再現された世界で、そのせいで阪神ファンがやたらと多いという特殊な環境である*1。この作品はそこで探偵稼業を営む主人公が遭遇するちょっとした事件を連作短編の形式で描く。事件そのものは大して面白くもないのだが、その特異な設定のせいで奇妙な読後感がある。人間同士が会話しているように見てもそれはすべて電子的に再構成された疑似人格なのであり、一皮剥けばコンピュータの基盤の上を走っているプログラムの一ルーチンに過ぎないのである。登場人物に感情移入しながら読んでいる時にふと「でもこれは生きている人間じゃないんだ」と我に返り、自分が脳内に構築していた現実感がふいに消失してしまうショックを何度か味わった。架空の存在を現実感ある存在として認識させる機能を持つ小説という装置によって提供された現実感が実は偽物であるという感覚。まるで神林長平かディックの小説を読んでいるかのような錯覚さえ覚えたものである。こんな理不尽な世界が何故存在するのかという説明が一切なされていないのも非現実感を高める一因だ。何故電子の世界の幽霊たちは「煉獄」に存在しなければならないのか。
まあ以上は過剰な反応なのかも知れない。物語としては軽いタッチの探偵物語なのでお気楽に楽しみながら読めると思う。ちなみにイラストは小菅久美が担当している。
- 『優しい煉獄』,森岡浩之,徳間書店トクマ・ノベルズEdge,819円+税,ISBN:4198506639