岬兄悟『大魔王にアタック』。

たぶん他の人がまだ手を出してないと思われる新井素子情報」で知った本。本文中に新井素子さんの名前が登場してくるとのこと。
〈ラヴ・ペア・シリーズ〉は俺が中三の時に『S-Fマガジン』に掲載された連作短編から始まった長編小説のシリーズである。第一巻の『魔女でもステディ』は俺も発売された当時に買って読んだ。内容は軽薄なSFコメディである。当初は快感を覚えたその軽さも読んでいくうちにだんだん食傷気味になり、二巻以降は結局買わなかった。しかし人気は高かったようで、確かオリジナルアニメビデオにもなっている筈だ*1。今回は新井素子さん関係の内容を確認するために、古本屋で買ったシリーズ本編四冊を最初から読んでみたという次第。『大魔王にアタック』はその第三巻に当たる。
新井素子さんの名前は本文中に三箇所登場している。まずはP.72より。

その小説らしいものにおれもザッと目を通した。
それはファンタジーだった。――文章は最近の女子高校生にありがちな初期の新井素子の大袈裟なパロディのような文章で、”あたし”の一人称で書かれてあった。
”あたし”はやんちゃな貴族の娘らしく、最初ドタバタと意味のない騒動があり、しばらくしてやっと主人公の名前が書いてあるのだった。
『前略……というわけであたし、独り言ちたのだった。……じゃ、このへんで自己紹介しとくねっ。
あたしアンメイルツ、十七歳。パパはこの国を治めているコルゲン王ととっても仲がいいサーロンパス公爵。あたしは一人娘ってわけ。きゃは?……後略』
しまいに頭痛がしてくるので引用は最小限にとどめた。

P.313より。

「あたしは肉体労働なんてセックス以外したくないの。あたし尊敬する新井素子さんみたいに十七歳でデビューして作家になるの。氷室冴子先生とか久美沙織先生みたいな少女小説家になりたいの。それで『月刊ファンタジー時代』の新人賞に応募しようと思って、この世界のこと想像して書いてたら、信じられないことにこの世界にきちゃって、あたし自分の小説の主人公のアンメイルツになっちゃったのよ。――千田先生もじつはこっそり『月刊ファンタジー時代』に応募するつもりで小説書いてたらしいの。それでこの世界へあたしみたいに来ちゃったらしいの。あの年齢になっても作家への夢は捨てられないのね。――でも変よねえ。どうして千田先生もこの世界のこと書いたのかしら? この世界はあたしが想像した小説の世界のはずなのに、変よねえ……」

P.356より。

恵美もアンメイルツ姫を主人公にして、初期の新井素子のパロディのような文章で送ったのだが落選した。

年端もいかない女の子が新井素子さんの影響をモロに受けた文体で小説新人賞に応募した、というエピソードである。『ライトノベル完全読本Vol.2』の「コバルト編集部ロングインタビュー」P.76における田村編集長の発言を思い起こすと興味深い。

(前略)最も後の作家の文体へ影響を与えたのは新井素子さんです。投稿小説を一色に染めてしまうぐらいでした。「ぱたぱたぱたぱた、ぱた、おはよー。わたし、○○14歳」といった感じで。

小説中ではギャグになっているが、事実としてそういう応募者は多かったということである。岬兄悟コバルト文庫からも小説を出版しているが、ひょっとして久美沙織*2と同様に新人賞応募作の下読みをした経験があるのだろうか。その時の体験を素にしてこのエピソードが作られたのかも、とは何の確証もない推測である。同世代の作家たち(火浦功とか大原まり子とか久美沙織とか)の横の繋がりの中でそういう話題が出たこともあったのかも知れない。

〈ラヴ・ペア・シリーズ〉の第5巻が出版されていたことをamazonで検索するまで知らなかった。タイトルは『瞑想してハッピィ』。最終巻らしいので古本屋で見つけたら買って読んでみようと思う。

*1:ファンロード』に掲載された記事を読むと、新井素子さんをモデルにしたと思われるキャラクターが脇役で登場していたらしい。未見である。

*2:久美沙織も著書『新人賞の獲り方おしえます』『もう一度だけ新人賞の獲り方おしえます』で新井素子さんの文体について言及している。