新井素子さんが出演した『YOU』100回記念番組。

どこで手に入れたか忘れてしまったのだが、NHK教育テレビでその昔土曜の深夜に放送されていた『YOU』の100回記念番組「気分はもう21世紀人」*1のwmvファイルが手元にある。1984年6月9日に放送されたこの回には新井素子さんがゲスト出演している。その登場部分を元の発言にほぼ忠実に書き起こしてみようと思う。読みにくいけどまあ雰囲気を味わって下さい。
新井素子さんは後半部分のゲストとして放送開始後1時間10分くらいに登場する。舞台上には向かって左側から、

の順番に並んで椅子に座っている。番組前半のゲストだった今関あきよし(映画監督)と鴻上尚史(舞台演出家)が客席にいる。
新井素子さんに話が振られたのは、登場してからおよそ10分後である。時代の気分として何か行き詰まりのような感じがあるのでは、という話から、コンピュータ関連の未来は明るいんじゃないか、という話の流れで。

糸井「さて、その、新井さん、どうですか、今まで聞いてて。次の時代の予感と展望(笑)」
新井「えっと、あんまり深く考えないんですが、活字はまあ、コンピュータ、どんな形でも、残るんじゃないかなと思ってるんで。比較的そういう意味では安心して聞いてました」
糸井「どして残ると思うんですか」
新井「活字の方が安いんですよね。単価が、今んとこ少なくても」
糸井「はあはあ」
新井「あのぉ、今、んとね、ワープロ使って原稿書いたりするんですけど、小説一本書くとね、フロッピーディスク四、五枚使うんですよね。と、空のフロッピーディスクって今一枚どれくらいします?」
?「1500円くらい」
新井「でしょ? それ四、五枚使っちゃうんですよね、あの、小説、あれで。そうすっとね、本買った方がずっと安いじゃない」
糸井「ほほぉ」
新井「10分の1くらい安いじゃない。だから活字は残るんじゃないかなと思うんです。」
糸井「本そのものはじゃあ残るとしても、小説に書いてあることとかはどんどん、なんか行き詰まり感が出てるんですけど、その問題はSFの方はどう考えます?」
新井「えーっと、私はあんまし行き詰まるの好きじゃないんで、行き詰まんないことにしてるんです」
糸井「ふんふん」
新井「あのー、じーっとなんか考えるから行き詰まるんで」
?「正解っぽいね」
新井「あんま考えなかったら行き詰まんないんじゃないですか」
糸井「あ、明るいです。この言い方はすごい好きですね。なるほどね。となりに、あのー、川西さん」
川西「はい」
糸井「どちらかと言うとSFじゃない分野の活字の方として行き詰まり……」
川西「行き詰まりの純文学(笑)」
糸井「どうですか、川西さん自身は」
川西「えーっとね、僕もちょっと前まで行き詰まってたんですが、あの、新作を書きましてね」
糸井「うん」
川西「まあ最後は非常に絶望感で終わるんですけど、それをもう過ぎちゃって、非常に今明るくなろうとしていると、いうところですね」
糸井「はぁ」
川西「あのー、もう純文、純文はずっと前からね、あの、行き詰まってる行き詰まってると言われてまして、いろんなメディアが行き詰まる前から言われてますが、で、出口がないと。ただ、こういろいろ考えたんですね。今までの文学というか小説というのはね、文語体で書かれてて」
糸井「うん」
川西「それで、あの、今若い人たちが使ってる言葉と明らかに違うんですね。で、僕は、まあ新井さんもそうですけど、使う文章というのは非常に自然な、あのー、みんなが使ってるような言葉で書かれてるから、口語体なんですよね。だから口語体で展開するということで、あの、テーマとかね、意味性を求めるんじゃない、なくて、言葉の響きとかね、イメージとかを展開していくということでね、行き詰まりから出れるんじゃないかと、考えてます」
糸井「あぁ、そういう試みを今している最中であると。なるほどね。さあ全員、日比野くんの方へ。日比野くん、絵の方はどうですか、イラストレーション。好きだからやってるっていう感じですか?」
日比野「そうそう。だから今、あの、新井さんも言ったようにね、そんなに悩みたくないし」
糸井「はぁはぁ。だけど、全然、ホントのこと言ってさあ、全然悩まないってことはないじゃない? あ〜、なんか今日も同じようなのができちゃったよっていうのがあるじゃない。絵なんかだと特に」
日比野「あ、それはどういう時かっていうと、マスコミに深く関わった時」
糸井「は、は、は、なるほど」
日比野「あの〜、こういう、僕違うことやりたいんだけどね、マスコミは」
糸井「”こういうの頼むよ”って。”ちょっと膨らまして下さい”みたいな」
日比野「で、糸井さんの詩かなんかに絵描いてくださいって」
糸井「うんうん〜」
日比野「悩んじゃう」
糸井「ごめん(笑)。頼まれるっていう関係で悩む訳だ」
日比野「そうそうそうそう、で、自分がやるにはね、個展とかなんかやるには別にその悩みも悩みじゃなくってね、あの〜、マゾでも何でもないんだけど、あの、いいわけですよ、貯蓄になるから。けど、排出のとこで悩んでるとね、なんかもうつらい、つらくなるんですね。そういう悩みはやっぱりありますけどね。貯蓄するんだと思って悩んでても、あの、楽観的に考えられます」
糸井「ふーん。ということはその、多くの人に向けてものを作る場合と、ただ作りたいから作ると、いう場合とは、はっきり別れてるってことですかね。日比野くんが言ったのは要するに、作りたいものを作ってる時には悩まない。で、多くの人に受ける、受けなきゃいけない時には悩む。みんなそう?(と周りのゲストたちに聞く) 大いに肯いてますね」
中沢「わがままにやってるというか、自由でいいですね。行き詰まりなんか全然感じない」
糸井「あの〜、後ろにね、グリーンの服着ておそろいの女の子たちがいるんですけど、この子たちは、あ、”子”なんつっちゃってごめんね、映画を作った、どの人が代表の人かな? あ、そこですか。あの〜、なんか、雑誌社主催の映画のコンクールで、ビデオですか映画ですか?」
女の子「8mmです」
糸井「8mmですか。えー、なんかいい成績を収めた人たちらしいんですけども。作り手、受け手なんて話をしてますが、受けようと思って作ったりするんですか、やっぱり」
女の子「あのー、してません」
糸井「してません。ホントですか?」
女の子「ホントです」
糸井「でも友達も笑ってくんなかったりさ」
女の子「はい。友達も笑ってくれませんでした」
糸井「あ、そう」
女の子「はい」
糸井「はっきりしてる。で、それが評価されたことについてどう思いますか?」
女の子「不思議だと思います。でも、よかったと思いました」
糸井「で、この次に作ってるものについては受けようと思う? 思わない?」
女の子「いえ、思いません」
糸井「で、さあ、ホントに受けないと作る予算も無くなっちゃうんですけども、どうでしょう」
女の子「え、もうそんな、あります、っていうか最初からないから、そんなのは」
糸井「はぁ……わかりました。(会場笑)ずっと続けていこうなんて思うと大変なんですけどねぇ。新井さんも何年やってますか小説」
新井「えー、七年目だと思います」
糸井「やめたりしたくなんなかったですか?」
新井「いや全然」
糸井「受けようと思わないからいいんですか?」
新井「いや受けようと思ってますよ」
糸井「(ホッとしたように)新井さん、受けようと思ってますよねぇ」
新井「だって受けないとつまんないもん」
糸井「そうすっと今の人たちみたいにね、受けなくてもいいです、っていうあの気持ちよさは味わったことない?」
新井「ん、というか、もう全然目的が違うもん。そもそもあの、最初に受けたいってのがあってそれで小説を書きはじめたから」
糸井「あぁ」
新井「受けたいっていうか、あの、面白い、人を楽しませたいというか、面白い――」
糸井「楽しんでくんない、あの、あたし面白くないって人が増えたらやめちゃう?」
新井「やめない。その場合はあのぉ、なんとかして、でもやっぱり私は面白いって人を捜すと思う」
糸井「全国行脚したりして。背負子で。行商」(会場笑)
新井「いやあのぉ、私は、何て言うんだろ、昔から付き合ってるような人で、もうすっかり私の文体になじんじゃって、どんな駄作だろうが私が書くと面白いっていう人が現在二人いんのね。これをなんとかもう少し増やしていって(笑)」
糸井「いいねえ、二人いる。川西さんどうですか、純文学」
川西「僕もね、受けようと思ってますよ、あの、うん。やる限り受けたいと思うし、あの、わかんなきゃわかんないでいいやっていう、この強気の態度をこれからとることに決めました。あの迎合してたらね、あのしょうがないと思うから」
糸井「鴻上さん、受けようとかありますか」
鴻上「あ、受けですか?」
糸井「ええ」
鴻上「受けはでもあんま計算するとだめですね」
糸井「要するに自分が面白いかどうか?」
鴻上「あ、そうです。でも最近思うのは、これ受けるかどうか判りますね、やる前に」
糸井「はーん」
鴻上「するとね、すっごいつまんなくなるんですね。芝居は三年やったらもう判ってしまいました」
糸井「映像の世界の人たちの方がぶっきらぼうだと思わない? その受ける受けないに関して。聞いてみようか」
中沢「××××××(聞き取れず)サービス業になってるからね、目に入ってくるだけですごくサービスになるでしょう。たぶん文字っていうのはサービスするだけで大変なんだよね」
糸井「あーそかそか。今関さんまだいる? いるよね。聞いてみたいな。あのー、今関さん受けたいとかっていうのはないんですか?」
今関「……僕は、いやとにかく自分に受けたいっていうか、自分が映画館、自分で作った映画見て、で、自分で1500円払って、自分で受けたいとは思いますけど。あのー、価値基準がだから、自分にしておかないと、映画っていうか、まあ、ビデオなり、作れない気がするんですけどね。受けたいと思った基準が、自分以外だと、その人が作った方が良いわけで、自分が作るわけだから、自分が受けないとしょうがない。それが悪いとかってことじゃなくても。ただ――」
糸井「今、新井さんが言ったような、二人みたいな人っていうのはやっぱりいなくてもいい?」
今関「そうですね。だから、彼女の、っていうか向こうの女の子たちが言ってたけれども、えー……、他の人に受けるか受けないかっていうのは、作る時に考えていると何もできなくなってしまうんで」
糸井「なるほどね。ほらやっぱり映像の人たちっていうのはね、ポーンと突き放して言えるのね」
新井「でも、私もそれはやっぱり自分に一番受けたいですよ、それは」
糸井「はぁ」
新井「だから私とおんなじような考え方をする人を増やしたいという、考えてみれば無茶苦茶な話だ(笑)」
糸井「でもそれだったらさあ、小説書かないで街歩いててさあ、「よお、彼女」ってのと、あんまり違わないんじゃない? そうでもないか」
新井「――」
?「宗教……」
糸井「宗教なんかだってそうじゃない」
新井「フフフ、そこまで行っちゃうと違う」
川西「新井さんのね、新井さんのファンは新井教というような感じがあるんじゃないですか?」
糸井「あ、あるな、そう言えば」
?「教祖……」
新井「え、でもそれは――」
糸井「素子様、おねげえでございますだ」
新井「それはやっぱり違うっていうか、ん、それはないですよ。ってかあの――」
糸井「相手が勝手にだけどさ、宗教にしちゃうんだもん」
新井「宗教……私の場合ね、私と似たようなもんを受ける人を増やすっていう場合、私と性格が似ちゃうと、少なくとも”素子様!”というんじゃなくて、私の、だから読者の人ってそういう感じになんないで、あのー、なんか大変なれなれしく、というか親しみをもってというか、やってきて”素子ちゃん、こんにちわ、私はなんとかって言うんです、お友だちになりましょうね、それでは”っていう感じの――」
糸井「それが宗教なんじゃ」(会場爆笑)
新井「崇め奉られるって感じじゃないんですよね」
糸井「そういうもんでしょ」
新井「そういうもんですか?」
糸井「(中沢新一を指して)宗教学者に聞いてみましょう。そういうもんですか?」
中沢「宗教です」(会場爆笑&大拍手)
糸井「えー、こんなことやってるうちに時間がとうとう一時間半あってもやっぱり終わっちゃうものでございます。えー、言い足りないことは、あえて、ないでしょう。そういう人たちが集まってるような気がする。自己主張のない時代でございます。えー、僕もゲストならきっと黙ってると思います(笑)。ということで、えー、ありがとうございました。ゲストの皆さん、ありがとうございました。終わっちゃいます」(拍手)

新井素子さんの作家としての原点と創作の姿勢が語られているのは興味深い。談話に登場した「二人」って誰なんだろう。山崎氏と旦那さん? 俺もかくありたいものである。
フロッピーディスク一枚が1500円というのが強烈である。今なら1500円あれば何十枚買えるだろうか、ってそもそもFDを使うこと自体が少なくなってるし。時代の変遷ですなあ。単価が逆転した今においてもまだ本は読み続けられている。
「宗教」という話もあるが、当時の新井素子さんを取り巻く環境はそんな感じだったのだろうか。俺はファンクラブにも入らず田舎でぼんくら学生をやっていたので実感に乏しい。中沢新一もたいがい適当なことぬかすよな。笑えるけど。
もっとも、ここに出演している人の半数は筑紫哲也の対論集『若者たちの神々』に登場しており*2、あんまり人のことは言えないんじゃないかと思う。