梶井基次郎「桜の樹の下には」。

昨日の日記(id:akapon:20051230#p2)に書いた『ひとめあなたに…』の本文中に出てくる梶井基次郎の有名なフレーズの件。
これを知ったのは、新井素子研究会のアクセスログを辿って「教えて!goo」の質問をなんとなく見ていた時だった。試しに「新井素子」で検索してみたら、「桜の樹の下には、に影響されている作品」という質問を見つけたのである。全文を転載してみよう。

梶井基次郎の「桜の樹の下には」と似た物語、または影響されている作品を教えて下さい。小説でもマンガでも構いません。(映画でもOKです)

今のところ私が知っているのは、


坂口安吾の「桜の森の満開の下


「彼氏と彼女の事情」(津田雅美

東京BABYLON」(CLAMP


の3つのみです。他に「桜の樹の下には」に影響されていたり、引用がされていたりする作品がありましたら、是非教えてやって下さい。お願いします。

この回答の中に『ひとめあなたに…』があったのだ。

一部分に引用がされているだけですが。

新井素子
ひとめあなたに…
URIは省略)
この本は地球最後の日が近づいたという設定のSFで、主人公が横浜にいる恋人の元にたどり着くまでに出会ったさまざまな「狂った」人たちが、それぞれ短編小説のように描かれています。

問題の箇所は眠って夢を見ることが大好きな少女がお気に入りの毛布を引きずって公園に行くくだりです。

知らなかったので、そうだったのか〜と感嘆したものである。
ただし、本文を確認してみると全くの引用という訳ではないことが判った。件のフレーズはこのように登場している。「〈目黒――新横浜〉圭子」の章、新書版P.163/文庫版P.238より。

自分が狂ってると思えるということは正常なんだろうか。いいや、正常ならばこんなことを思うまい。じゃあ……。
バイクによっかかり――荷台には、まだ、あの、紙袋がおいてある――呆然とあたりをみまわし、ふと気づく。
桜の木の下に、死体が転がっている。
何て詩的な――あるいはどっか超越して散文的な光景。あはっ、本当にあるのよ、桜の木の下に死体が二つ。

そして梶井基次郎桜の樹の下には」の有名な書き出しは次の通りである。新潮文庫版『檸檬』(1988年発行43刷)のP.162より。

桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

桜の木の下に、死体が転がっている。
桜の樹の下には屍体が埋まっている。
桜と死体(屍体)は共通の単語だが表現された情景は若干異なっている。全く偶然に同じようなフレーズが出てきたか、もしくは桜からの連想で原文をアレンジして登場させたのかは定かではない。しかしこの場面は、半ば精神が錯乱状態にある主人公の圭子さんが、高村光太郎の「道程」やらヘイフリックの仮説やら過去に読んだ本のことをやたらと思い出しながら進行しており、その流れで「桜の樹の下には」の文章に似た思念が頭の中に浮かんできたと解釈することはできるだろう。知っている人はニヤッとするかも知れない、というレベルの話。
渡部直己ならこれを「電通的」と呼ぶだろうか。どうでもいいか。