椎名誠『本の雑誌血風録』。

読了。椎名誠の本はあまり読んだことがないし、氏が編集長を務める『本の雑誌』も全然読んでいないのだが、図書館で何故かこの本と目が合ってしまったので借りた。何気にそうさせるフィーリングとインスピレーションがそこにはあった。余人に詳細を語るのは難しい。
内容は編集長自らが語る『本の雑誌』の創刊顛末記である。サラリーマン編集者をしている著者が、その傍らで趣味の延長とはいえ新規事業を立ち上げ、さらに個人としても単行本を出しラジオに出演し雑誌の連載をし、怒濤の如き勢いで活躍の場を拡げて行く様子が軽くて明るい文体で語られる。こんなことできる人もいるんだなあとほとんど戦慄しながらも楽しく読み進み、気持ちが前向きになるようなパワーを僅かでもいいから吸収するつもりでページをめくっていると、クライマックス近くの著者が神経症にかかる件で我が身に思い当たることが色々あり、またちと気持ちが重くなった。本人の主張通り病院へ入院させずに神経科へ連れて行った奥さんは偉かった。加速度的にスピードを上げることができる物体にあっても限界値というのは自ずと決まっているものらしい。嫉妬でもなく共感でもなく、そういう事実があることを淡々と認識する。
話の中身はとても面白かったし、まだ無名だが後に名を成す人たちが世に出て来る過程の一端が垣間見られるのも興味深かった。この自伝的エッセイ的小説シリーズの他の本も読んでみようかと思う。あとがきには書いてあるシリーズのタイトルは次の通り。

  1. 『哀愁の街に霧が降るのだ』(新潮文庫
  2. 『新橋烏森口 青春編』(新潮文庫
  3. 『銀座のカラス』(新潮文庫

本の雑誌血風録』の前史に当たる話であるらしい。椎名誠ではあとは日本SF大賞受賞作『アド・バード』も読んでみたい。
それとは関係ないのだが、小説に漫画の影響を捜さずにいられない人には作中のこの文章を紹介しておく。新潮文庫版P.339より。

「だからそのときなのだ。おれは発作的圧倒的徹底的にラーメンを食ったのだ」などという具合だ。
天才バカボンの親父が言う「これでいいのだ」という得意のセリフにもひどく感動していたので「なのだ」口調も多用し「これでいいのだ」と一人で笑った。