「ユリアンは死んでも××××を離しませんでした」。
『ひとめあなたに…』をちょこちょこ読んでいたら、文庫版P.178にこんな場面が登場して来た。
それから。気狂いじみた――いや、じみてない、本物の気狂いの、高笑い。
「坂本真理は、死んでも参考書をはなしませんでした」
本当だ。おかっぱの少女の手には、まだしっかりと参考書が握られていた。
太字の部分は、戦前の子供向け「修身」の教科書に載っていた日露戦争時の一兵卒のエピソードに基づいて出来た言い回しである。現代でもよく使われ、確か川原泉のマンガにも登場していたような気がする。こんなやつ。
キグチコヘイ ハ テキ ノ タマ ニ アタリマシタ ガ、 シンデモ ラツパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。
これがいつしか簡略化され、「木口小平は死んでもラッパを離しませんでした」という日本人好みの慣用句として使われるようになった。現代日本でも社会人にこういうメンタリティが求められているのは言うまでもない。