夢枕獏『陰陽師 瀧夜叉姫』(上・下)。

読了。図書館で借りた本。自分のお気に入りの作家の本を買わずに借りるのはいつもながら忸怩たるものがあるのだが許されよ。ネタバレする。
短編形式で書かれることが多い『陰陽師』だが、これは久しぶりの長編である。主役はいつもの安倍晴明源博雅コンビ。加えてセミレギュラーの蘆屋道満。更に歴史上に名を残す人物たちが多数登場する。賀茂保憲小野好古小野道風、浄蔵、俵藤太(藤原秀郷)、平貞盛等々。後の三人の名前からははあと何事か思い当たる方もおられよう。その通り、今回京の都に仇なす者は、異形となって甦った平将門。それを裏から操ったのは藤原純友であるというとてつもない話なのである。平安の世を舞台にした伝奇であれば題材として避けて通るのがもったいなさすぎる人物たちを動かして、長編ならではの見せ場や人物の心理に深く切り込む語り口をちりばめながら物語は粛々と進行する。
晴明・博雅コンビのおなじみの遣り取りは微笑ましくも楽しく、蘆屋道満は相変わらず飄々として何を考えているのか判らないが全編に渡って異様な存在感を放つ。この主役陣に絡む人々もいずれも一筋縄ではいかず、縁の糸は人々の間に異様な模様を紡ぎ出す。人が人を憎いと思い、愛しいと思い、人々のその思いの苛烈さが交錯する様は夢枕獏が好んで描く題材であり、歴史の舞台から千両役者を引っ張り出した今回も、無常感たっぷりに彼らをも包含する人の世の儚さを詠嘆する。ここがファンである俺にはたまらないのである。
藤原純友が朝廷に対して弓を引くことになった動機が弱いような気がしてそこは不満だが、読み終わった後になんとも言えない余韻が残った。いい話であった。

  1. 陰陽師 瀧夜叉姫』上巻,夢枕獏,文藝春秋,1429円+税,ISBN:4163242708
  2. 陰陽師 瀧夜叉姫』下巻,夢枕獏,文藝春秋,1429円+税,ISBN:4163242805