大泉実成『萌えの研究』。

読了。図書館で借りた本。略して「MOE-KEN」と表紙に書いてある。「綾波萌え」だが非おたくである著者の萌え体験ルポルタージュ。実際にライトノベルや漫画を読み、テーブルトークRPGに参加し、美少女ゲームをやり、アニメを見るという作業を通して「萌え」とは一体何なのかを表現しようとした試みである。
俺は多分マニアという意味では「おたく」に分類される人間である。それがこの「萌え」というやつがよく判らない。この本を読み終わっても実はまだよく判っていない。一口に”コンテンツ上のキャラクターに対する脳内恋愛”と説明されれば比較的重度のアイドルマニアだった学生時代を振り返ってああそうかもしれんねと納得はできるし、著者の綾波萌えと自分の実体験を比較すると思い当たることが多くて冷や汗が出る。しかし語感的にはやはり「萌え」でなく「燃え」なのである。「萌え」という言葉に込められた自分の行動に対する韜晦は「燃え」にはないし、もっと確信的で狂信的あると思っていた*1。この本を読むと「綾波萌え」も「アイドル燃え」もやってることは一緒なのだ。「萌え」は「燃え」さえも包含するものらしい。なんだよ、今書いていてああそうなのかと少しピンと来た。
それはそれとして体験ルポとしてとても面白かった。外部の目から語られるおたく文化というのは興味深い。「風雲アニメ篇」でのおたくと非おたくに分裂した筆者の遣り取りが笑えると同時にうすら寒くなった。安穏とおたくをやりながらも不安を抱えている心中を痛く刺激されたからである。

*1:なんだかそれってやばい人みたいじゃん。やばい。