大塚英志『定本 物語消費論』。

「おたく文化」を素材に、「物語」によっていかに人を「動員」するか、という広告的手法を仮説的に述べたもの

物語消滅論』あとがきより。
本の内容とは全く関係なく新井素子さんの名前が出て来る箇所を挙げてみる。
P.160、「子供たちのいない少年まんが誌」('88・10)より。その時点から5〜10年後には少年男子の人口が100万人近く減少し、ついでに漫画ばなれが起きたなら著名週刊漫画誌のいくつかは消えてなくなるかも知れない、という話の流れで。

そういう不吉なぼくの予想を裏付ける数字を知人の本屋さんがくれた。迷惑がかかるといけないので具体的な店名を出すことは避ける。東海地方のとある書店、とだけ言っておく。コミック主体の品揃えだが「まんがの森」や「わんだーらんど」のような特殊な売上データを示す専門店ではない。文庫では著者別では赤川次郎、単品では新井素子新婚物語2』が売れ、月刊誌では『りぼん』『別冊マーガレット』『コロコロコミック』が売れる。

新婚物語』が売れていたようである。1980年代後半でも新井素子さんの人気は未だ衰えず、と言った処。『新婚物語』はテレビドラマ化もされた人気作『結婚物語』の続編であり、1980年代前半についていたファン層とは異なった読者層にも人気を博した作品ではないかと思われる。
次は新井素子さんとはほとんど関係ないのだが、P.187-188、『美少年の血脈』('88・4)より。

近くに女子高があったり、ファッションビルにテナントとして入っている書店は思いきってコミックコーナーを美少年路線で決めてみるのもよい。なぜなら既成のまんが専門店はどうしても男性向けに作られており女性マニアに対するフォローが弱い。しかもロリコンと違ってさほどえげつなくないから店の品位(?)をそこなわずにすむ。ラインナップとしては、高河ゆんに加え、厦門潤新書館よりコミックスあり)、島田ひろかず徳間書店)、水縞とおる(学研)といったマイナー系女流作家の単行本に、新書館の女流作家の既刊は必ずおさえる。さらに山田ミネコ道原かつみ徳間書店「黄金の翼」は必須)、といった美形に強い少女まんが家の既刊、ふーじょんぷろだくと刊の「つばさキックオフ」のほかの「キャプテン翼」「星矢」関連のパロディまんがアンソロジーも常備。やってみてソンはない、と思う。

厦門潤」というのは新井素子さんの『扉を開けて』を漫画化した「亜藤潤子」の別ペンネーム*1『扉を開けて』が『花とゆめ』に連載されたのは1986年で、商業誌デビューしてから3年目の作品となる。コミックスも同年に刊行された。「厦門潤」として当時どれだけ人気があったのかは判らないが大塚が取り上げるくらいだから業界内の評価は高かったということか。
最後にこれも直接は関係ないがP,240、「新右翼の人とプロレス単行本」より。

亀和田武『ホンコンフラワーの博物誌』(本の雑誌社)や吾妻ひでおひでおと素子の愛の交換日記(角川文庫)にもUWFについて興奮気味に語っている部分がある。そして同じく『システムと儀式』(本の雑誌社)の中でも二度にわたってUWFについて触れたぼくも含めて、三年前の第一次UWFの試合(TV中継はなかった)の会場には実にさまざまな人たちがいたのである。他にもいしかわじゅん、流山児祥、高千穂遙などというひとクセもふたクセもある人たちを実際に会場で見かけた。これら有名無名ファンによって、限りなく口コミに近い形で流布されたUWF伝説こそが、再結成されたUWFの異常人気を作り出している。七月のUWFの旗揚げを強引に記事にしたのも実は三年前、会場にいたファンで今はさまざまなマスコミに就職した連中だったのだ。

UWFというのは当時としては革新的なプロレス団体で、ロープに相手を振る、場外乱闘をするといった通常のプロレスのムーブを極力廃し、蹴り、投げ、関節技を主体とした極端にストイックなスタイルで一部のひねたファンから熱狂的な支持を集めた団体だった。それが崩壊→新日本プロレス復帰を経て第2次UWFが旗揚げされるとプロレス界の枠を越えたブームを巻き起こしたのだ。俺も熱心なファンの一人で、東京近郊で行われた試合には極力足を運んだものだった。
吾妻ひでおがこのUWF(第一次にも第二次にも)にはまっていたらしく、『ひでおと素子の愛の交換日記4』にそのネタが度々出てくるのである。例えばP.47、50。

ロープに振られても帰ってこないシューティング漫画家のあじまです!

「シューティング」というのはこのリングに参戦していたスーパータイガー佐山聡)が創始した格闘技の名称で、第一次UWFのスタイルを指してシューティングと呼ぶ向きもあったことを踏まえてこのようなセリフが登場する訳である。
それからP.194-195、210-211。プロレスのことを知らない人は何のことだかまるきり判らないと思うのだが、これは当時のプロレス界の置かれた状況を完璧にパロディ化した漫画なのである。
大塚が新井素子(あるいは吾妻ひでお)ファンだったのかどうかは知らないが、とにかく『愛の交換日記』を文庫版では読んでいたらしい。
以上、三点。
この本の元になった『物語消費論』は現時点で未読。静岡、焼津、浜松の各市立図書館に所蔵されているのが判っている。

*1:厦門潤」が基本で、「亜藤潤子(亜籐潤子)」は少女漫画向けと使い分けていたらしい。→http://www7a.biglobe.ne.jp/~megaplus/flame.htm