滝川一廣『「こころ」はどこで壊れるか』(聞き手・編:佐藤幹夫)。

読了。購入本。サブタイトルは「精神医療の虚像と実像」。臨床精神科医である滝川に、養護学校教諭(当時)で個人誌『樹が陣営』を発行する佐藤が、精神医療の実態について尋ねた対論集。精神医療に対するイメージと実像の乖離、大事件が起きるたびにマスコミに頻出する精神医学用語に対する疑問や裁判での精神鑑定の濫用などについて忌憚のない議論が交わされている。
自分が診療を受けている分野についてあまりにも知識がないことが不安で読んでみた。いきなり知らないことがたくさん書いてある。マスコミによく登場する「人格障害」「行為障害」「PTSD*1ADHD*2などの用語は実は病名ではなく、アメリカで作成されたDSM*3という分類マニュアルに記載された障害の分類に過ぎないらしい。アメリカの実情に沿う形で作成されたこのマニュアルが本来の性格を隠されたままメディアで用いられ、それに記載された分類がまるで普遍的な精神医学用語であるかのように報道されていることを批判する考察は面白かった。その分類マニュアルが診断のマニュアルに転用されて、「人格障害」などのような「障害」が実際の病気であるかのように言葉が一人歩きを始めてしまう現状を憂う佐藤の言葉は深刻である。実際、自分もこれを読むまではそういう病気があるのかと思っていたのだが、それは誤った認識であったらしい。他にも精神医療の歴史的背景や内実、現場の状況、現代社会における精神医療の果たす役割、少年犯罪や原題日本社会の考察など興味深い話が続く。
先に述べた自分の不安(自分が診療を受けている分野について知識がないこと)は、自分の問題をどのような枠組みで捉えていいのかが判らないというという混乱をもたらしていた。この本を読んでよかったのは、精神医療というもののおぼろげな輪郭を掴むことができたことと、実際の現場の様子も伺えたので自分が受けている診療を客観視できる知識が付いたことである。少しの安心感を得ることができた。マニュアルに頼ることでそれに縛られすぎることの危険性には気を付けつつ、関連する分野の本を折を見て読んでみたいと思う。

*1:Posttraumatic Stress Disorderの略。「心的外傷後ストレス障害」と訳される。

*2:Attention Deficit Hyperactivity Disorderの略。「注意欠陥多動性障害」と訳される。

*3:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略。「精神障害の診断と統計マニュアル」。参考→私家版・精神医学用語辞典DSM-IV