『絶対猫から動かない』を読んで。

自分の年齢が50代に突入してまだ日が浅いせいか、その年代の人たちが自分よりかなり年上であるというイメージがずっと残っている。例えばテレビやラジオのニュースで「50代の人が」と聞けば今でも条件反射的につい「お年寄りか」と思ってしまい、実際は自分と一つか二つくらいしか違わなくて愕然とした、なんてことがよくある。今まで生きてきた年月の中で、50代の人間を「年上」「お年寄り」と思っていた期間の方が長いので、その認識は根強いものがあり、なかなか抜けない。
一方、50代になった自分の現在はと言えば、基本的に言葉遣いや普段の行動や考え方は20代の頃と大して変わっていない訳で、自分の中のイメージとしての「50代」と、実在50代人間である今の自分との間にかなりのギャップが、これはもう如何ともし難く存在するのだった。
で、『絶対猫から動かない』。
主要登場人物として50代の人間が幾人か出てくるが、今書いたような次第で、すごく年上の人たちの話を読んでいる気分に、最初の頃はなってしまっていた。物語と今それを読んでいる自分との間に適切な距離感を掴めないという問題が、自分自身の中に存在することを痛切に感じた。
そこで考えたのは、登場人物と同じ年齢の芸能人など、自分が普段から見慣れている方々を登場人物のアバターとして頭の中で置き換えてみたらどうだろう、ということ。既に知っている人を登場人物に当てはめて頭の中で再構成してみれば、距離感がより掴みやすくなり、物語への没入感も深まるんじゃないか。
果たして効果は絶大だった。50代の登場人物に年齢のギャップを感じることなく、自分の同世代だとすんなり納得ができる。となると俄然彼女ら/彼らの置かれた状況やその振る舞いが、自分の現在と重なって見えてくるようになった。
新井素子さんは50代の「いつか猫になる日まで」を書いて欲しいという依頼を受けてこの物語を書いたそうだ。続編ではないのだが、「いつか猫になる日まで」のアンサー小説としての意味合いもあるそう。そういう意味では作中にうれしい仕掛けもちょっとだけあったりする。中学生の頃にコバルト文庫の『いつか猫になる日まで』を読んで衝撃を受けてから四十年、自分が五十路の坂を転がり落ち始めたまさに今、『絶対猫から動かない』に出会えた僥倖ったらないよね、と思う。

ついでに、僕がアバターとして設定した方々を書いてみる。2020年現在で登場人物と同じ年齢の筈。未読の方やこだわりのある方は見ない方がいいんでないか。
大原夢路……薬師丸ひろ子
関口冬美……荻野目慶子
氷川稔……春風亭昇太
村雨大河……小林隆
大原夢路さんと関口冬美さんは56歳なので、自分が中学1年の時に高校2年、氷川稔さんは54歳で自分が中1の時に中3という年齢差。(僕は小説を読む時に実在の人物をイメージすることはあまりないので、なかなか新鮮な体験だった。)

新井素子さんの作家デビューが決まった「第1回奇想天外SF新人賞」の選考座談会で、選考委員の筒井康隆氏が新井素子さんの文体について次のような意見を述べていた。
「新しい文章は必ず出てくるけど、これではないよ。たとえばこの人が、四十、五十のオバハンになって、まだこんな文章を書いていたらどうする? 気味ワルイですよ」
新井素子さんは17歳での作家デビュー以来作品を発表し続けて、今年還暦を迎えられる。読者である僕は四十、五十のオッサンになったが、この文体に違和感を覚えることもなく、相変わらず新井素子ファンである。
件の選考会で筒井氏と同じく選考委員を務めた星新一氏は、その文体についてこう言った。
「もはやいい悪いじゃないと思うよ。世の中がこうなっちまったんだ。」
読書メーターの感想文やSNSに流れてくる文章を読むにつけ、慧眼恐るべしと思わざるを得ない。
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