木山みさを編『木山捷平全詩集』。

5月8日の日記(id:akapon:20050508#p1)で臣さんに教えて頂いた詩が収録された詩集である。図書館にあったので借りてきた。件の詩「遠景」は昭和4年に書かれ、昭和6年に出版された第二詩集『メクラとチンバ』に収録されたもののようだ。

草原の上に腰を下ろして

幼い少女が

髪の毛を風になびかせながら

むしんに絵を描いてゐた。

私はそつと近よつて

のぞいて見たが

やたらに青いものをぬりつけてゐるばかりで

何をかいてゐるのか皆目わからなかつた。

そこで私はたづねて見た。

――どこを描いてゐるの?

少女はにつこりと微笑して答へてくれた。

――ずつと向うの山と空よ。

だがやつぱり

私にはとてもわからない

ただやたらに青いばかりの絵であつた。

作者の詩は日常のある情景を素描したような素朴で飾り気のない言葉で語られる短いものが多い。しかしその余分な修飾をそぎ落とした言葉の連なりに物足りなさは微塵も感じず、むしろそこからイメージがどんどん拡がっていくのはどうした訳だろう。時に刃物のような鋭い切っ先を胸先三寸に突きつけ、また時に温かく胸の中にしみ入るのである。人間が生きていることについての率直な表現がここにはあると思う。こういう詩は好きだ。面白い。
巻末の年譜を見ると、奇遇なことに著者は東洋大学で学んだことがあるようである。さらに奇遇なことには著者が息を引き取った1968年8月23日は俺の誕生した日でもあるのだった。小学校の同級生でヘレン・ケラーが亡くなった日が誕生日だったという奴はいたが、自分自身でこのような偶然に遭遇したのは初めてである。
それから、新井素子関係での奇遇を拾えば、著者は1952年に練馬区立野町に家を建て、生涯ここで暮らしたそうである。意外な練馬繋がりである。