大槻ケンヂ『オーケンののほほん日記ソリッド』。

読了。昔読んだ本が文庫になっているのを図書館で見つけ、加筆訂正もあるようなので試しに読み返してみるかと思って借りてみた。それが大いなる誤解であることは最初のページで判明した。昔読んだタイトルはただの『のほほん日記』で、この『ソリッド』はその続編だったのだ。続編が出ていたのを見逃していたとは何と迂闊。よってこの本はまだ読んだことがないのがなかったのであった。そう言えば、こないだ読んだ『リンダリンダラバーソール』は実は本を持っていたのにわざわざ図書館で借りてしまったことを返却した後に気が付いた。張り合いのない生活をしていると記憶がどんどん怪しくなってくるような気がする。いなたい。
本の内容は1995年から1998年に『ぴあ』に連載された大槻自身の日記風エッセイである。ちょうど彼が精神的に少しおかしくなっていた時期で、心療内科に通いながらレキソタンソラナックスレンドルミンの三種類の薬を飲んでいたことが記されている。空元気を出してなんとか前向きに生きようとあがいていたり、自分を取り巻く全ての物事に嫌気がさしてどこかへ行きたくなったりと読んでいてどこか痛々しいことも多々書いてある。俺も現在進行形で体験していることなので身に積まされるような思いと共感を同時に覚えつつで読んだ。途中で二回涙が出そうになったりもした。こういう処をくぐり抜けてきたのか、大槻は。切ないなあ。
この本の特色として大槻が読んだ格闘技関係の本に関する記述が尋常でなく大量に出て来ることが挙げられる。中でも津本陽の『鬼の冠』と『黄金の天馬』は異様に面白そうだ。『鬼の冠』は大東流合気柔術を広めた武田惣角の伝記小説。『黄金の天馬』は惣角の弟子で合気道の開祖である植芝盛平をモデルにした立身出世伝。題材となった人物が人物だけにどちらもなまなかな伝記小説ではなさそうである。そのうちに読んでみたいなあ。新井素子さんも津本陽を読んでいた時期があったようだが、これらも読んだのだろうか。
おまけとして収録された1982年(高校時代)と1984年(浪人時代)の日記も大槻自身のことを知る上で興味深い。1982年と言えば俺は14歳だった。ちょうど『S-Fマガジン』を買い始めた年で、この日記の中に、

SFマガジンの「甘やかな月の錆」を読む。

などという記述を見つけて妙に嬉しくなった。そうか、大槻も『S-Fマガジン』を読んでいたのか。「甘やかな月の錆」は神林長平の短編SF小説である。SFを読み始めた頃のことが懐かしく思い出される。この時期の俺はまさに大槻少年が同時期に感じていたのとほぼ同じ自意識過剰に陥っていたのである。その記述に行き当たった時は読みながら顔から火が出るような心持ちがした。今になってみればなんであんなに恥ずかしいことを思ったりしたのだろうか。シャア・アズナブルの有名な台詞が思い起こされる。「認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」
全然関係ないがその過去の日記に谷山浩子の名前が二度出て来る。そのうちの一つは1984年11月1日の日記である。

めずらしく12:00前に寝たのがたたったのか、変な夢を見る。うなされて2:00ごろ起きる。ちょうど兄が車で帰ってきた。ラジオをつけると谷山浩子が出てる。なんで深夜にラジオをつけると決まって谷山浩子なんだ。

当時17歳だった大槻少年の谷山浩子体験は上記のようなものだったらしい。ちなみにオールナイトニッポンのことだと思われる。放送内容はこんな風であった。

様々な意味で共感を覚えたり新たな興味をかき立てられたり自分の記憶をくすぐられたりと、とても有意義な読書であった。読み終えてこの本を手元に置いておきたくなった。ことあるごとに読み返したい本である。何か言葉にならないものを与えられたような気がする。図書館に返した後、新しく買い直そうと思う。