アーサー・C・クラーク『楽園の泉』。

大学時代に読んだSFの中で感銘を受けた中の一冊。早川書房がハヤカワ文庫SFで絶版となっていた名作SFを「ハヤカワ名作セレクション」というシリーズで毎月2冊ずつ復刊しているのだが、今月はクラークのこの作品が刊行された。いいセレクトである。がんばれハヤカワ文庫SF!
この間、たまたまはてなキーワードに「リアル・フィクション」という単語が登録されているのを知ったのだが、その記述の一部に俺は猛烈な反発を覚えた。この部分である。

かつてのSFが描いた未来が現実のものとなった現在、科学技術に向けられていた希望と達成された冴えない現実との乖離を基調に、ある意味ありふれたSFのテーマを問い直す作品が多く見受けられる。

反発を覚えた理由の一つがこの小説の存在である。かつてのSFが描いた未来が現実のものとなった現在、と仰るか。でも宇宙エレベータなんかまだ地球上のどこにもないよ! その「SF」にはクラークの作品は含まれてないのかよ!*1
『楽園の泉』がどんな内容なのか、裏表紙の内容紹介を転載してみよう。

赤道上の同期衛星から超繊維でできたケーブルを地上におろし、地球と宇宙空間を結ぶエレベーターを建造できないだろうか? 全長四万キロの〈宇宙エレベーター〉建設を実現しようと、地球建設公社の技術部長モーガンは、赤道上の美しい島国タプロバニーへやってきた。だが、建設予定地の霊山スリカンダの山頂には三千年もの歴史をもつ寺院が建っていたのだ……みずからの夢の実現をめざす科学者の奮闘を描く巨匠の代表作

宇宙エレベータ*2はロケットやスペースシャトルに代わる宇宙空間への物資の輸送方法として実際に研究されている建造物である。ただ現在の技術レベルでは解決できない問題もあり、実現化にはまだ時間がかかりそうだ。クラークはそこに巧妙な嘘を織り交ぜ、予断を許さない展開で読者を引っ張り込んだ上で、この建造物に関する楽天的な未来を話して聞かせてくれるのである。
SF初心者の人には敷居はちょっと高いかも知れないけど、「SFって面白い」とはこの本を読み返すたびに俺が実感することだ。興味をお持ちになった方は是非読んでみてくだされ。

*1:もちろん月面ステーションも有人木星探査も実現していない。

*2:軌道エレベータ」という呼称の方が有名か。『超時空世紀オーガス』では「軌道エレベータ」と言っていたような気がする。