ばるぼら『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』。

少しずつ少しずつ読んでようやく読み終わった。結局全部読むのに一年以上かかった訳だ。俺はインターネットに深入りしたこともないし事情に通じていないから書いてあることにピンと来ないことがほとんどだったのだが、そんな俺でもこの本が大著であることだけは判る。詳細な年表が凄い。ある年表を作成したいなどとちらっとだけ思っている立場から言えば、これを作成するために掛かった手間を想像して思わず頭の下がる労作だ。解説記事の密度と話題の掘り下げ方も興味深く多岐に渡っておりその時代のインターネットという領域を鮮やかに切り取って見せてくれる。いちいち感心しながら読んだ。セガサターン+サターンモデムで課金を気にしながら初めてネットに接続したあの頃のことを思い出したりして感慨深くもなる。帯に書かれているようにまさに教科書。凄い本だ。圧倒された。
で、この本の中に新井素子さんの名前が出て来るのである。P.412の「ネット文体を一晩中考えよう」というコラムで「ネット文体」と呼ばれる独特の文体についての考察が行われている。

「ネット文体」の特徴は、文語体より口語体、論文調より喋り言葉に近いものであること。これを単に「文章力が未熟」だと切り捨てるのは気が早すぎで、むしろ他人をあらかじめ意識した上で、最終的に選ばれたものがこの文体だと考えた方が自然だろう。

とした上で、既に各メディアに登場していた「喋り言葉の文章」を駆使する人を挙げている。

もちろんこの「喋り言葉の文章」はネットに限らず、例えばコラム方面では植草甚一、文芸方面では新井素子、アカデミズム方面では山室恭子が既にいる。(略)新井素子は77年に17歳でデビューした女性SF作家で、彼女の小説が会話文だけでなく地の文でも口語体だったことで話題になったりした人だ。(略)

ネットで一人称の口語体で綴られた日記を読む時、世の中が新井素子化しているような気がしてしばしば目眩がする。