大塚英志『物語消滅論――キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』。

イデオロギーを代行し始めた『物語』にいかに抗していくのか」を主題に、処方箋としての「近代的言説」の再構築を説く書。
本の内容と全く関係なく新井素子さんの名前が出て来る箇所を挙げてみる。
「第二章 キャラクターとしての「私」」のP.124より。

いずれにせよ「私」とは、近代的な自我を成立させる手続きとしての仮説概念だったのですが、それが実体としてあるとすりかえていくことで近代が始まる。その結果、封印された横山芳子の「私」は、たとえば吉屋信子から新井素子に至る戦後少女小説の中に細々と生き延びてきた。それからヨーロッパの例で言えば、たとえば多重人格は、二十世紀に入った段階で症例として消滅したと言われているわけです。「キャラクターとしての私」は地下水脈に隠れるわけです。

大塚がよく持ち出す”「キャラクター小説」の元祖的存在としての新井素子”、という文脈がここにも見られる。
以上一点。